Information
■ライブ・スケジュール 詳細を見る
2023年
9月30日(土)Live CUSTER(ライブ·カスター)
14:00 Open/14:30 Start
地下鉄:千代田線湯島駅 銀座線上野広小路駅
JR御徒町駅
11月25日(土)Live CUSTER(ライブ·カスター)
14:00 Open/14:30 Start
地下鉄:千代田線湯島駅 銀座線上野広小路駅
JR御徒町駅

■ライブ・スケジュール 詳細を見る
2023年
9月30日(土)Live CUSTER(ライブ·カスター)
14:00 Open/14:30 Start
地下鉄:千代田線湯島駅 銀座線上野広小路駅
JR御徒町駅
11月25日(土)Live CUSTER(ライブ·カスター)
14:00 Open/14:30 Start
地下鉄:千代田線湯島駅 銀座線上野広小路駅
JR御徒町駅
04.2014
シューベルト:Auf dem Wasser zu Singen (水の上に歌える)~永遠の愛~
カスター・ライブが近づいてまいりました。
今日はシューベルトのドイツリート『Auf dem Wasser zu Singen(水の上に歌える)』について解説します。
Mitten im Schimmer der spiegelnden Wellen
Gleitet,wie Schwäne,der wankende Kahn:
Ach,auf der Freude sanftschimmernden Wellen
Gleitet die Seele dahin wie der Kahn;
Denn von dem Himmel herab auf die Wellen
Tanzet das Abendrot rund um den Kahn.
きらめく波の光の中を
白鳥のように揺れ行く小舟
ああ、穏やかにきらめく喜びの波の上を
私の心も小舟のように滑りゆく
天から夕焼けの光が波の上に射し
小舟のまわりで踊る
Über den Wipfeln des westlichen Haines
Winket uns freundlich der rötliche Schein;
Unter den Zweigen des östlichen Haines
Säuselt der Kalmus im rötlichen Schein;
Freude des Himmels und Ruhe des Haines
Atmet die Seel im errötenden Schein.
西の森の梢の上に
紅い光が親しげに私たちに手招きし
東の森の下では
紅い光の中で菖蒲がそよぐ
天の喜びと森の憩いに
心は紅い光の中で呼吸する
Ach,es entschwindet mit tauigem Flügel
Mir auf den wiegenden Wellen die Zeit;
Morgen entschwinde mit schimmerndem Flügel
Wieder wie gestern und heute die Zeit,
Bis ich auf höherem strahlendem Flügel
Selber entschwinde der wechselnden Zeit.
ああ、露にぬれた翼で
揺れる波の上を 私から時は過ぎ去る
明日もまた きらめく翼で時は過ぎ去る
昨日そして今日と同じ様に
やがて私自身も もっと光輝く翼に乗って
移りゆく時の流れに 消え去るだろう
この曲はFriedrich Leopold Graf zu Stolberg(フリードリヒ・レオポルト・シュトルベルク伯 1750-1819 )の詩にシューベルトが1823年に作曲したものです。元のタイトルはLied auf dem Wasser zu singen~Für meine Agnes(水の上に歌える歌~私のアグネスのために)でした。1782年にHenriette Eleonore Agnesと結婚し、彼女に献呈した詩です。ウィーンの河遊びと移ろいゆく時の流れをうたった詩ですが、新婚で幸せの絶頂期なのに、第3節に自らの死を書いて妻に捧げるなんて、縁起でもない…と思いませんか?
これにはドイツ・ロマン主義ならではの鍵があったのです。
ドイツ・ロマン主義の根底にはギリシャ神話があります。
ニュクス(夜の女神)はカオスの娘で、兄であり夫でもあるエレボス(闇・幽冥)との間にヘメラ(昼の女神)を産みます。ところがニュクスは単独でも双子の兄弟:ヒュプノス(眠りの神)とタナトス(死の神)と、そのの兄弟:オネイロス(夢の神)、その妹のエリス(不和と争いの女神)など、多数の神々を産みました。
つまり、「昼と夜」、「光と闇」、「生と死」という対極があり、これらの神々「夜の世界」の一族には「眠り=夢=安息=死」という連鎖があるのです。
(シューベルトの歌曲「死と乙女」では、死を拒む乙女に死神は、「私はおまえを苦しめるために来たのではない。安息を与えに来たのだ」と語りかけます。ここでの「死」は、恐ろしい苦痛ではなく、永遠の安息として描かれているのです。)
一方、ドイツ・ロマン主義の詩人ノヴァーリス(1772-1801)の長詩『夜の賛歌』(1800年)は、ドイツ文学史において重要な作品の一つです。シュレーゲル兄弟らと親交を持っていた彼は、婚約者ゾフィーの墓の前で霊感を受けて『夜の賛歌』を書いたといわれています。
恋人と死とキリストに起因されたこの詩は、夜とともに死から復活したキリストへの讃歌でもあります。昼に対して夜を讃え、「亡くなった恋人の住む死の国=夜の世界」つまり、死者の住む神秘的な夜の闇の領域が憧憬の対象となり、さらにキリスト教における「天国と聖母マリア」とも重なるのです。
こうした思想はワーグナーにも大きな影響を与えました。
『トリスタンとイゾルデ』または『トリスタン物語』という、イゾルデ (Isolde) の悲恋を描いた物語があります。もともとはケルト伝承で、中世には既に存在していました。ワーグナーの楽劇とはストーリーが異なっていますが、「アーサー王物語」や「ロミオとジュリエット」にも影響を与えた物語です。
ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』第2幕のトリスタンとイゾルデの二重唱で、「夜の国」を讃え、「愛の死」を歌い上げる場面は、ノヴァーリスの長詩『夜の賛歌』とまさに重なります。
これらのドイツ・ロマン主義の背景をふまえ、『Auf dem Wasser zu Singen(水の上に歌える)』を観賞してみましょう。
舞台は夕暮れという「昼から夜に変わる瞬間」、ちょうど「冥界との境界」=「生と死の境目」から始まります。
第1・2節では現在の(新婚の)幸せをうたっていますが、「白鳥」は処女性を象徴し、「菖蒲(アイリス)」はギリシャ神話の虹の女神:Iris(イリス)に由来し、天と地を結ぶ〈道〉であり、神々と人類の間を繋げる使者です。
そして第3節では、「やがて移ろいゆく時の流れに自分が消え去ってしまっても、この愛は消えることはない」と、死後も絶えることのない「永遠の愛」を誓うのです。
まさに、シュトルベルク伯の心から愛する妻へのプレゼントなのです。
今日はシューベルトのドイツリート『Auf dem Wasser zu Singen(水の上に歌える)』について解説します。
Mitten im Schimmer der spiegelnden Wellen
Gleitet,wie Schwäne,der wankende Kahn:
Ach,auf der Freude sanftschimmernden Wellen
Gleitet die Seele dahin wie der Kahn;
Denn von dem Himmel herab auf die Wellen
Tanzet das Abendrot rund um den Kahn.
きらめく波の光の中を
白鳥のように揺れ行く小舟
ああ、穏やかにきらめく喜びの波の上を
私の心も小舟のように滑りゆく
天から夕焼けの光が波の上に射し
小舟のまわりで踊る
Über den Wipfeln des westlichen Haines
Winket uns freundlich der rötliche Schein;
Unter den Zweigen des östlichen Haines
Säuselt der Kalmus im rötlichen Schein;
Freude des Himmels und Ruhe des Haines
Atmet die Seel im errötenden Schein.
西の森の梢の上に
紅い光が親しげに私たちに手招きし
東の森の下では
紅い光の中で菖蒲がそよぐ
天の喜びと森の憩いに
心は紅い光の中で呼吸する
Ach,es entschwindet mit tauigem Flügel
Mir auf den wiegenden Wellen die Zeit;
Morgen entschwinde mit schimmerndem Flügel
Wieder wie gestern und heute die Zeit,
Bis ich auf höherem strahlendem Flügel
Selber entschwinde der wechselnden Zeit.
ああ、露にぬれた翼で
揺れる波の上を 私から時は過ぎ去る
明日もまた きらめく翼で時は過ぎ去る
昨日そして今日と同じ様に
やがて私自身も もっと光輝く翼に乗って
移りゆく時の流れに 消え去るだろう
この曲はFriedrich Leopold Graf zu Stolberg(フリードリヒ・レオポルト・シュトルベルク伯 1750-1819 )の詩にシューベルトが1823年に作曲したものです。元のタイトルはLied auf dem Wasser zu singen~Für meine Agnes(水の上に歌える歌~私のアグネスのために)でした。1782年にHenriette Eleonore Agnesと結婚し、彼女に献呈した詩です。ウィーンの河遊びと移ろいゆく時の流れをうたった詩ですが、新婚で幸せの絶頂期なのに、第3節に自らの死を書いて妻に捧げるなんて、縁起でもない…と思いませんか?
これにはドイツ・ロマン主義ならではの鍵があったのです。
ドイツ・ロマン主義の根底にはギリシャ神話があります。
ニュクス(夜の女神)はカオスの娘で、兄であり夫でもあるエレボス(闇・幽冥)との間にヘメラ(昼の女神)を産みます。ところがニュクスは単独でも双子の兄弟:ヒュプノス(眠りの神)とタナトス(死の神)と、そのの兄弟:オネイロス(夢の神)、その妹のエリス(不和と争いの女神)など、多数の神々を産みました。
つまり、「昼と夜」、「光と闇」、「生と死」という対極があり、これらの神々「夜の世界」の一族には「眠り=夢=安息=死」という連鎖があるのです。
(シューベルトの歌曲「死と乙女」では、死を拒む乙女に死神は、「私はおまえを苦しめるために来たのではない。安息を与えに来たのだ」と語りかけます。ここでの「死」は、恐ろしい苦痛ではなく、永遠の安息として描かれているのです。)
一方、ドイツ・ロマン主義の詩人ノヴァーリス(1772-1801)の長詩『夜の賛歌』(1800年)は、ドイツ文学史において重要な作品の一つです。シュレーゲル兄弟らと親交を持っていた彼は、婚約者ゾフィーの墓の前で霊感を受けて『夜の賛歌』を書いたといわれています。
恋人と死とキリストに起因されたこの詩は、夜とともに死から復活したキリストへの讃歌でもあります。昼に対して夜を讃え、「亡くなった恋人の住む死の国=夜の世界」つまり、死者の住む神秘的な夜の闇の領域が憧憬の対象となり、さらにキリスト教における「天国と聖母マリア」とも重なるのです。
こうした思想はワーグナーにも大きな影響を与えました。
『トリスタンとイゾルデ』または『トリスタン物語』という、イゾルデ (Isolde) の悲恋を描いた物語があります。もともとはケルト伝承で、中世には既に存在していました。ワーグナーの楽劇とはストーリーが異なっていますが、「アーサー王物語」や「ロミオとジュリエット」にも影響を与えた物語です。
ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』第2幕のトリスタンとイゾルデの二重唱で、「夜の国」を讃え、「愛の死」を歌い上げる場面は、ノヴァーリスの長詩『夜の賛歌』とまさに重なります。
これらのドイツ・ロマン主義の背景をふまえ、『Auf dem Wasser zu Singen(水の上に歌える)』を観賞してみましょう。
舞台は夕暮れという「昼から夜に変わる瞬間」、ちょうど「冥界との境界」=「生と死の境目」から始まります。
第1・2節では現在の(新婚の)幸せをうたっていますが、「白鳥」は処女性を象徴し、「菖蒲(アイリス)」はギリシャ神話の虹の女神:Iris(イリス)に由来し、天と地を結ぶ〈道〉であり、神々と人類の間を繋げる使者です。
そして第3節では、「やがて移ろいゆく時の流れに自分が消え去ってしまっても、この愛は消えることはない」と、死後も絶えることのない「永遠の愛」を誓うのです。
まさに、シュトルベルク伯の心から愛する妻へのプレゼントなのです。
スポンサーサイト
07.2014
5月のカスター・ライブ:ケルト&ドイツリート/シューベルトとシューマンについて。
ゴールデンウィークは如何お過ごしでしたか?5月17日(土)のカスターでのライブが間近に迫ってきました。フライヤーには記載してありませんが、次回のライブは、前半はケルト系のイギリス民謡とドイツリートを盛り込んだ、新緑の5月を意識したプログラムです。
シューベルト(1797-1828)とシューマン(1810-1856)。
シューベルト(Franz Peter Schubert)は生涯で600余曲のドイツリートを作り、「歌曲の王」と呼ばれることもあります。モーツァルト、ハイドン、ベートーヴェンといった古典主義時代からロマン主義時代に大きく転回する時期に先駆者的役割を果たしました。
一方、シューマン(Robert Alexander Schumann)は、それまでピアノ曲ばかりを作曲していたのに、ピアニスト:クララ・シューマン(Clara Josephine Schumann)と結婚した1840年には、1年ほどの間に『詩人の恋』作品48、『リーダークライス』作品24と作品39、『女の愛と生涯』作品42など180曲余りの歌曲を作曲しました。いわゆる「歌の年」です。
二人ともロマン派音楽を代表する作曲家ですが、シューベルトがピアノの伴奏を単なる和声的な支えにとどまらず、詩の持つ情緒を表現する上で重要な役割を果たした歌曲を作り、シューマンはそれをより一層徹底させたといえます。特に『詩人の恋』では、ハイネの詩を非常に深く解釈し、極端に短い前奏の後、まず歌で詩を語らせ、長い後奏で詩の内面を吐露する作風が特徴的です。(どちらが藝術的に上という意味ではありません。)
これらのドイツリートをイギリス地方の古い民謡と並べて聴くと、それぞれの持ち味がはっきり感じられることでしょう。
後半にはジャズやラテン語族のプログラムも沢山用意しております。これもピアニストに堀内なつみさんを迎えてこそ実現するのです。どうぞ足をお運びくださいね。
シューベルト(1797-1828)とシューマン(1810-1856)。
シューベルト(Franz Peter Schubert)は生涯で600余曲のドイツリートを作り、「歌曲の王」と呼ばれることもあります。モーツァルト、ハイドン、ベートーヴェンといった古典主義時代からロマン主義時代に大きく転回する時期に先駆者的役割を果たしました。
一方、シューマン(Robert Alexander Schumann)は、それまでピアノ曲ばかりを作曲していたのに、ピアニスト:クララ・シューマン(Clara Josephine Schumann)と結婚した1840年には、1年ほどの間に『詩人の恋』作品48、『リーダークライス』作品24と作品39、『女の愛と生涯』作品42など180曲余りの歌曲を作曲しました。いわゆる「歌の年」です。
二人ともロマン派音楽を代表する作曲家ですが、シューベルトがピアノの伴奏を単なる和声的な支えにとどまらず、詩の持つ情緒を表現する上で重要な役割を果たした歌曲を作り、シューマンはそれをより一層徹底させたといえます。特に『詩人の恋』では、ハイネの詩を非常に深く解釈し、極端に短い前奏の後、まず歌で詩を語らせ、長い後奏で詩の内面を吐露する作風が特徴的です。(どちらが藝術的に上という意味ではありません。)
これらのドイツリートをイギリス地方の古い民謡と並べて聴くと、それぞれの持ち味がはっきり感じられることでしょう。
後半にはジャズやラテン語族のプログラムも沢山用意しております。これもピアニストに堀内なつみさんを迎えてこそ実現するのです。どうぞ足をお運びくださいね。